31世紀こころの美術館

Language : ENGLISH : 日本語 : THAI


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はじめに

「芸術」は自然について学び、自然を理解するためにあると私は思う。「独創性」は「優れた芸術品」のひとつの性質だが、これは人間にもあてはまる。人は顔、目、耳、鼻、口、指紋やDNAを持っているが、どれ一つ同じものはない。一卵性双生児でさえ、決してクローンではない。似ていても必ずどこかが違っている。このように、人間は「優れた芸術品」の最も良い例である。

表現の自由は「優れた芸術品」のもうひとつの特性だ。われわれは子どもの頃はみな自由だった。死や飢え、恥、罪、賢さ、愚かさなどへの恐れや心配はひとつもなかった。けれども、教育と社会がその自由を奪い去った。社会的価値、論理、規範、文化的な信念などさまざまな規律に関して学べば学ぶほど、どんどん自由が奪われていくのである。

人の創造性と表現の自由を取り戻すことが、私の究極の目的である。他者の創造性を尊重しながら、自分自身に創造性を取り戻すにはどうしたらよいか。人々は皆、独自の自己表現方法を持っていて、無意識に日常生活で実践している。われわれは皆、未来の社会を創る重要な役割を担う芸術家だと信じている。

コンセプト

これは既存の美術館に対抗するものではない。美術館は、何が芸術で何が違うのかという境界を示すことで2つを分つ。個人の重要性よりも社会に対して、いわゆる「文化」の意味を標準化するための場所だと言える。《31世紀こころの美術館》というプロジェクトでは、人々が表現の自由を取り戻し、皆が等しく潜在的に持つ想像性への自信を強く持って、世間でいう文化や美学的価値基準にとらわれず、個人の表現を評価する力を取り戻すことをねらいとする。誰もが芸術家であり、キュレーターであり、美術館のオーナーなのである。

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gallery 誰もが日常生活の中で、その人特有の性格や創造性を、それぞれの方法で無意識に表現している。このとき、人々はどのように自分の持つ「モノ」の意味や物語をつくりあげるのか、そのプロセスに注目したいと思った。ある「モノ」は、彼らの物語や歴史を伝え、持ち主の精神や想像力を宿しているだろう。金銭的な価値のない「モノ」もあるだろう。「モノ」が高価な素材でつくられている必要はない。他人にはとるに足らない「モノ」であっても、誰かの心にとってはかけがえのない「モノ」なのだ。たとえば、贈り物、言葉、はがき、指輪、花、または親愛なる人からもらったものなど。そこには誰かが誰かに与えた愛情や勇気によって、「モノ」自体から発する力がある。私は誰でもこのような種類の「モノ」を持つか、少なくとも触れたことはあると信じている。でも普段はそれを忘れて、自分のためだけに秘やかにしまっておいて、その意味を考えることはほとんどない。このプロジェクトでは、この重要な経験を共有するための作業を、人々といっしょに行いたいと考えている。

 

31世紀こころの美術館によせて

カミン・ラーチャイプラサート

2008年6月4日


13月、金沢21世紀美術館で行われた「都市を刺激するアート」というシンポジウムに参加した私は、10月に自分がプロジェクトを行う場所を探して金沢の町をあちこち歩いてまわりました。

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そのなかで、「中央小学校」というところを訪れました。校長先生みずから校内を案内してくれました。そのあと校長室へ通されると、そこには手書きの美しい色紙が置いてありました。「それは何ですか?」と私が聞くと、卒業式で卒業生全員に向けた色紙を書いているのですと言われました。

驚くことに、校長先生は一人一人の生徒の良いところを色紙に書いていました。例えば、「あなたは水泳をよくがんばりました」「音楽がとても上手です」「こころのやさしい子です」という言葉です。私はとても驚きました。みんながよいところを持っているなんて、いったいどうしてわかるのですか?そんな風に私が思ったのには、ある理由がありました。

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私の学校時代の話をしましょう。私が5年生の時、両親は私を寄宿学校にいれました。私の素行がここでよくなってほしいと願ってのことでした。私がどういう子どもだったかおわかりでしょう。両親もさじを投げ、寄宿舎だけがたよりだったのです。それが実際どうだったのかよく覚えていませんが、子どもの日のことだけはよく覚えています。壇上から私の名前が呼ばれ、私は表彰されることになりました。なんと名誉なことでしょう! 私は得意になりましたが、それはまったく自慢できない賞でした。いったいどんな賞をもらったと思いますか? 私が受賞したのは「悪い子賞」、最も悪い生徒に贈られる賞だったのです。商品はノートとペンでした。そこに自分が行った悪いことを書きつけて、2度としません、とあとで思い出せるようにと!

10代の頃は、友達にこのことを自慢したりもしました。どうってことないさ、といきがっていたのです。でも、心の深いところではやはり傷ついていました。ひとりの子どもにとって「悪い子」というレッテルを貼られることはとても辛いことなのです。

5Tそんなことがあったので、私は校長先生に、「どうして生徒一人一人にいいところがあるなんて言えるのですか? 現に私は学校から『悪い子』と表彰されたのですよ」と聞きました。さらに、「もし学校で一番悪い子がいたら、彼になんて書きますか?」と尋ねました。すると校長先生は言いました。「例え悪い子であっても、だれにでも必ずよい所がひとつはあります。」たったそれだけの言葉で、その悪い子にも、かつての私にも、私のような子どもにも新しい光が差し込みました。

私は校長先生に「だれにでも必ずよい所がある」と色紙に書いてほしいとお願いしました。私のような子のためにです。
This kind of certification might be nothing for the one who has been recognized as a good people for the rest of his/her life, but for the one like me this is irreplaceable. It is unique with its meaning, lift my spirit up, inspired me to share and to stimulate people to go back into their own experience in order to look for something in their lives, some ordinary object with a certain meaning for his/her no matter it sounds stupid, nonsense, priceless or crazy for other people.

7私は校長先生に「だれにでも必ずよい所がある」と色紙に書いてほしいとお願いしました。私のような子のためにです。

この色紙は、良い子だった人にはなんの意味もないかもしれません。でも私のような人間にはかけがえのないものです。そこに書かれた言葉は特別な意味があり、私の心を明るくしました。人は誰でも人生において大切なモノを持っています。たとえそれが他の人にはとるに足らないつまらない意味のないモノであっても。そして、それぞれの人生に大切な意味を持つモノを振り返り、その物語を共有したい、そういうアイデアに思い至ったのです。

31世紀こころの美術館では、こうしたひとりひとりのこころを映し出すモノを集めて紹介します。


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Illustrations   紙芝居
Marina Kumada 熊田麻里菜
Mika Kominato  小湊美佳


方法論

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1.金沢市民の協力を得て、本人にとって意味のある物、大切な物を寄付、もしくは貸してもらう。


2.それが本人にとってどのような意味を持っているのか、なぜ大切なのか理由を尋ねる。

3.空いている家か建物にそれらを展示する。

4.その物が本人にとって大切、もしくはとても価値があるもので、公共の場(エリアno.3)に展示したくない場合、参加者の家やアパートなどといったプライベートな空間に展示し、見学したい人は予め連絡を取って見に行く。

5.もし本人の大切な物が公共の場(エリアno.3)や個人の空間(エリアno.4)に展示できない場合、本人と大切な物の写真、本人のコメントを展示する許可を得る。

6.集合写真を参加者全員で撮るよう呼び掛ける。21世紀美術館の周りに英語で「31世紀こころの美術館」と一文字を創る。記念に鳥瞰写真を撮る。



7. 鳥瞰写真を引き伸ばし、参加者がコラボレート・アーティストとしてサインをする。最終的にその写真はこのプロジェクトのカタログの表紙にする。


Project

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カミン・ラーチャイプラサート《31世紀こころの美術館》

金沢21世紀美術館 館長

秋元雄史

カミン・ラーチャイプラサートは、タイ北部の都市チェンマイを活動拠点として、自分の作品制作と同時に共同で参加型、プロセス重視型のプロジェクトを行っていることで知られる。リクリット・ディラヴァーニャと共同で始めた《the land》プロジェクトは、本人は美術活動とは定義していないが、「自立したコミュニティのための解放された場の創出」を狙いとする長期プロジェクトで、ライフワークとも呼べるもっとも重要な活動である。仏教思想を基に実験的な思索やライフスタイルの探求が行われ、有機農業、建築、美術展、レクチャーのほか、瞑想法やヨガ教室などが開かれている。カミン・ラーチャイプラサートとリクリット・ディラヴァーニャとは、まったく異なったタイプの作家であるが、《the land》では共通の目標を持ち、このプロジェクトをともに支えている。それらはどれも持続可能な生活スタイル、人生というものを求めていく中からたどりついた考え方である。

ある欧米のジャーナリストが、《the land》の倒れた家屋と行きとどかないメンテナンスを見て、「このプロジェクトはプラン倒れではないか」といったようなことを半ば怒りながら言った。カミンは「建てたいと思う人間が現れれば、また再建される」と言ったという。一度つくったものを何とか維持し続けなければならないとか、もの自体に神話的な意義を持たせることに対してほとんど興味を示さない。むしろ意義を感じないことに対しては、一切興味を示さないという点で《the land》はつながっているといってもいい。また対価や報酬という概念ももたない。すべては主体的な奉仕活動であるから、本人が意義を感じなければ実行されることはない。こういうとまるで新興宗教の教団のように閉じたサークルを想像するが、反面では消費社会や資本主義を否定せずに他の社会とつながっており、むしろ頻繁に双方の世界を行き来している。このあたりは、はたしてどちらが上位概念であるかを確定的に言うことはできないが、《the land》で思い描かれているような脱資本主義的な世界観がまずベースとしてあるといったところだろう。

さて、金沢での試みでは自分が表現者となるのではなく、多くの参加者を募った共同作業を通じて芸術の意味を問うプロジェクトを実施している。それは、参加者それぞれがこころに残る品々や自分の宝物を持ち寄り、それを美術館に見立てた広坂商店街沿いのNTT香林坊ビル4Fに展示するというもので、これは空きビルを活用したものである。このアイデアはカミンが金沢を訪れた際にある人物と出会ったときに思いついた。また、金沢21世紀美術館の広場を使って「31世紀こころの美術館」という人文字をつくった。

話の発端は、カミンが金沢滞在中に市内の小学校に立ち寄り、校長先生と面談したことにはじまる。ちょうど卒業時期でもあり、卒業生一人ひとりに校長先生自らが色紙に手書きで言葉を書いていた。それはどのようなものか、とカミンが校長先生に聞くと「その子が忘れないように、その子の長所を書いている」と答えが返ってきた。そこで「もし、とても悪い子でいいところがない子であったらどうするのか」と聞くと、「どんな子どもでもいいところがあるので、大丈夫だ」と答えた。「では私はとても悪い子どもでしたが、私にも書いてください」とカミンがいい、それに応えて校長先生はカミンに直筆の色紙を贈った。ここから《31世紀こころの美術館》のアイデアが生まれた。「自分の心に残る物を送ってください。そしてその時のエピソードを書いてください」という声かけに応えて、200個以上のそれぞれの思いのこもったものが金沢市内外から集まった。それらはいたって個人的な物である。それは送った人、受け取った人との私的な関係によって価値づけられている。それ以外には全く客観性をもたない。カミンはそれらを31世紀の世界では大切にされるべきものとして提示している。これはいたって空想的な絵空事のように見える。だが、今日の社会における人間関係の変質、家族、コミュニティの変化のスピードを思えば、あながちまったくの絵空事とは思えないような発想でもある。200個を超える思い出の品々は、私たちに何を想起させるのだろうか。


31st Century Museum of Contemporary Spirit

Kamin Lertchaiprasert

[PROJECT]

Director:

Yuji Akimoto

Curator:

Hiromi Kurosawa

Management Staff:

Takeshi Hirota, Toshiaki Kobayashi, Masayuki Aoyama, Hiroko Tsukamoto, Shino Sato, Misato Sawai, Yukie Ishimura

Project Staff:

Keitetsu Somchay Murai, Nobuhiro Sombat Kuzuya, Emiko Monden, Yuki Murakami

Promotion Staff:

Hiroaki Ochiai, Yuko Kuroda, Aya Okada

Support Staff:

Hideaki Watanabe, Takuya Matsumoto, Mayumi Arashi, Yuiko Kurosaki

Documentary Staff:

Mina Demura, Takahiro Niimi, Yuki Koike, Yuta Imamura, Yutaka Saito, Emiko Monden, Makiko Minamoto

Video Editor:

Taiki Michinishi

Support:

Royal Thai Embassy

Exhibition Space:

4th floor, NTT Korinbo Building

Exhibition Period:

October 4 – December 7, 2008

[CATALOGUE]

Text Writers:

Kamin Lertchaiprasert, Yuji Akimoto

Editorial Staff:

Hiromi Kurosawa, Yumiko Tatematsu, Ayumi Iwamoto

Editorial Assistants:

Yuki Murakami, Nobuhiro Sombat Kuzuya

Translators:

Miki Nishizawa, Maki Hashizume, Yumiko Tatematsu, Chiaki Sakaguchi, Kiri Takahashi, Chiho Shimizu, Sakiko Nishihara, Chisato Yamashita

Designer:

Takae Ooka (ricebowldesign)

Printing Company:

Noto Printing Co., Ltd.

Published by 21st Century Museum of Contemporary Art, Kanazawa

Published on October 3, 2008

ACKNOWLEDGEMENT

We would like to express our deepest gratitude to the following organizations

and individuals for their warmest support in making this project possible.

21 st Century Museum of Contemporary Art, Kanazawa

the land foundation

Art-U room

Ikemitsu Enterprises Co., Ltd.

Toranomojutakuhanbai Co., Ltd.

Hirosaka-shinkoukai

Katamachi-shotengai-shinko-kumiai

Korinbo-shotengai-shinko-kumiai

Tatemachi-shotengai-shinko-kumiai

Sasiwimon Wongjarin (Aom)

Surachet Kusumolnan (Dew)

Duangporn Injan (Aof)

Tomoko Abe

Kazuko Uzawa

Mieko Umeda

Ayano Ooka

Kiyotaka Okuda

Megumi Karube

Satoshi Kitamura

Sumigo Takagi

Nobuyoshi Takagi

Yukiko Nishina

Nobuyuki Nomura

Tomoko Hayashi

Yasuyo Maduka

Kazuko Matsumoto

Kazuya Yamaguchi

Aiko Yamamoto

Takami Yamamoto

Hiroshi Yoshida

Satomi Watanabe

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